▼書籍のご案内-序文

アトピー性皮膚炎の漢方治療

◎本書について

漢方の飛躍的発展の息吹き--アトピー性皮膚炎への果敢な挑戦--

■新しい疾病との対決のなかで,漢方は発展する

 漢方医学は,歴史の遺産を漫然と引き継ぐことによって,生命力を与えられたのではない。その時代が直面した新しい難治性疾患と対決し,これを克服することによって,はじめて飛躍的発展を遂げ,漢方医学としての価値を獲得したのである。
 漢方の歴史には4つの大飛躍の時期がある。1つは2000年前の『黄帝内経素問・霊枢』が書かれた秦・漢時代。この時期に,人体の生理・病理学と診断・治療学を含むほぼ完璧な医学体系が形成されたことは,歴史の驚嘆に値する。ついで後漢時代に傷寒という新しい急性感染性疾患の流行のなかで,『傷寒論』という医典が誕生する。3番目の飛躍は,金元時代である。やはり時代の新疾患との戦いを通じて多くの学派が台頭,病因・病機学説の深化が進み,漢方は飛躍的に向上した。近くは明清時代に温病という急性疾患が流行し,これとの戦いのなかで温病学説が出現した。これらは漢方の歴史における4大飛躍とされる。
 いま,5番目の飛躍の時代を迎えようとしている。エイズや癌,アトピー性皮膚炎や花粉症,喘息,アレルギー性鼻炎……など,これまでに人類が体験しなかった新しい疾患が出現し,医学はこれらとの不可避的な戦いを余儀なくされている。漢方が今後も生命力をもちうるかいなかは,これらの疾患との戦いを抜きにしてありえない。


■アトピー性皮膚炎という疾患

 アトピー性皮膚炎--現代社会が生んだこの疾患は,拡大の一途をたどり,ますます難治化しつつある。病態は複雑・多様で,変化が多く,繰り返し再発する頑固な疾患である。体質素因と環境素因,そして飲食物・ストレスなどさまざまな複合因子が複雑にからみあって形成された,歴史に先例のない疾患である。ステロイド剤の乱用によって病態は輪をかけて複雑化している。この疾患においては,中国にもまだ参考にしうる治験は多くない。もはや既成の硬直した発想や方法によっては,解決できなくなっている。西洋医学も日本漢方も,そして中医系漢方もともに試練を迎えていることにおいて,例外ではない。

■中医系漢方の挑戦

 現代中医学がわが国に導入されて20年。中医学を学ぶ若いグループが全国に澎湃として興り,すでに日本漢方の構成部分として定着している。いま,かれらが最も情熱を燃やしているテーマが,アトピー性皮膚炎の治療である。
 本書は,アトピーと苦闘を続けてきたかれらの最新の業績を収録したものである。
 中医学の最大の特徴は「弁証論治」である。そして「弁証」の核心は,症・病・証をもたらした「病因・病機」(病因と病理機序)を正確に把握することにある。病因と病理機序を分析できてはじめて治療方針がなりたつのである。やみくもに方剤を投与するだけでは,有効な医学とはいえまい。まして「病名漢方」では,とてもこの複雑で変化の激しい疾患に対処することはできない。

■病態分析の深化

 中医系漢方においても,教科書に記載されている分類法や治療法を短絡的に当てはめる方式では,アトピーには通用しない。多様な皮膚所見と変化する病象を説明できる理論と分析力が求められているのである。
 湿疹型アトピーと乾燥性紅斑型アトピーの違いをどう説明するのか,局部と全身の異なった病態をどう説明するのか。外因と内因の関係,風・熱・湿・燥・オの挾雑,虚と実,熱性と寒性,気分と血分の見分け方,五臓のどの臓腑がポイントなのか,それらはどのように転変するのか--病因・病位・病性・病勢,機転を判断しなくてはならない。本書の各論文を見れば,各執筆者がいかに緻密な病態分析を行っているか,いかに高度な治療を行っているか,を感動をもって見ることができよう。

■斬新な理論構築と豊富な治療方法

 平馬直樹氏・伊藤良氏の総論は,現段階のアトピーに対する日本の中医治療を高度に概括したものであり,すでに一定の法則性が見つけだされている。また江部洋一郎氏の「経方理論」や岡田研吉氏の精神疾患からのアプローチのように,大胆かつ斬新な理論構築も試みられている。
 病態分析とともに,治療方法も多様化している。薬物の分析・選択・配合の方法が急速に進歩するとともに,軟膏・クリーム剤・湿布剤などの外用薬や浴剤も開発されている。また本書では文献数が少ないが,針灸もアトピーに対する症状改善作用と免疫力増強作用があり,有効な治療方法となっている。
 新しい病象に対する新しい診断学・治療学の誕生。アトピー性皮膚炎への挑戦は,単にアトピー性皮膚炎の治療にとどまらず,漢方治療全体のレベルを急速に向上させている。アトピーに較べれば,喘息はすでに御しやすい疾患となったといわれるゆえんである。
 本書は,こうした理論構築と治療経験を集約したものであり,現時点における中医系漢方の臨床レベルを示す記録である。「最先端をゆく漢方治療」といっても過言ではないだろう。われわれは,本書に収録された文献は,中医学の先輩である中国に対しても誇りうるものであると確信している。本書を土台にして,さらに多くの臨床家がアトピー攻略の経験を蓄積してゆくことに期待したい。

■中医臨床シリーズ

 本シリーズは,今回の「アトピー性皮膚炎」を第1冊目として,今後,年1~2回のペースで引き続き疾患別の業績を収録してゆく予定である。今回,ご執筆いただく機会のなかった先生方もぜひ次回には,執筆者としてご参加いただきたいと思う。

(『中医臨床』編集部)